仏説観無量寿経①「凡夫のための教え」
これまで浄土真宗が拠り所とする浄土三部経の内、『仏説無量寿経(大経)』と『仏説阿弥陀経(小経)』を拝読してきました。今回からは残りの一つ、『仏説観無量寿経(観経)』を少しずつ読み進めて参りたいと思います。
観無量寿経は中国の隋代から唐代にかけて多くの注釈書が掛かれ、大変人気のあったお経です。ただ注釈書がたくさんあるということはそれだけ解釈の違いもあるわけで、お釈迦様の真意がどこにあるのか様々な議論が起こりました。
『仏説観無量寿経』はその経題が示すように、無量寿仏(阿弥陀如来)の観察(かんざつ)が説かれています。経文の大部分はその修行方法について順を追って示されていて、一見すると自力の修行が説かれた聖者のための教えに思えます。実際、中国の名だたる高僧方はこのお経をそのように解釈したのですが、それに異をとなえたのが善導大師という方です。
善導大師は『観経四帖疏』という書物を著し、この経典は聖者のための教えではなく、自力修行では仏に成れない凡夫のための教えであると主張されたのでした。
親鸞聖人は善導大師を七高僧の第四祖に数え、正信偈の中で「善導ひとり仏の正意をあきらかにせり」と讃えておられます。